不健康な話になるが、「何かが出来なくて苦しんでいる」「コミュニティで足を引っ張っている」とき、私は毎度おのれの身なりに無頓着になっていく。朝慌てて乾かした髪、適当なメイク、黒とかグレーとかの楽な服。身なりが雑になることで、仕事でろくにパフォーム出来ない自分との整合性を取っているのかもしれないし、役に立っていない自分を監視しているのかもしれない、あるいは贖罪なのかもしれない。書くと馬鹿らしく思えるな…
と、ここまで書いた時点で自分のことを多少いたわる気持ちが生まれたので、昨日はメイクを落として眠った(そう、メイクも夜に落とせなくなる)。今日は朝シャンした後、たまにはきれいな色の服着て会社行くかーと明るい水色のカーデにtheoryのパンツで出社することにした。theoryの服、生地がしっかりしてるからセルフネグレクト状態のとき着づらいんだけどやっぱ着ると「私はちゃんとした社会人です」みたいな気持ちにはなる。最近つけてなかったピアスもつけたし、ボビイブラウンのギラギラのラメをまぶたにちょっとだけのせた。
「出来ない」に日々向き合っていると、これまでの人生で出会した「出来なかった」ことのことを思い出す。
大学生のときはテレアポのアルバイトをやっていて、フリーターの先輩たちとわいわい働いていた。私のOJT的な人は前職が夜職のにいさんで、私が苦戦していてもその人にエスカレーションしたら成約するのが不思議で仕方がなく、「おれは電話相手の第一声でどんなタイプの人かわかるで」と言われたときはそんなん特殊能力やん!と絶望した。その先輩がかなりヤンチャ畑の人だったので、私とは違うって!と思っていたと思う。
しかしテレアポを辞めて、新卒で就職したあとも電話で込み入った話をすることが多かった私は、何年か経ってその「特殊能力」を身につけていることに気づいた。そしていつのまにか後輩や部下の電話を引き上げることができていた。クレームを受けてもどうやって収めるべきかすぐ答えが出るようになっていた。なんで昔はできなかったのか、そしていつからできるようになったのか、考えてもよくわからない。自転車の乗り方を理屈で説明できないけど、運転はできるのと似ている。気づいたら自分の中に新しい回路が出現していたのだ。
今の仕事が泣かず飛ばずだったら前の部門に戻ればいいや!と思っていた(いる)けどやっぱり出来るようになりたいよ。また今回もいつのまにかくぐり抜けておりましたパターンになればいいな。それとも30代にしてまあまあでかい挫折いくか!?
何回新しいことに手を出しても等しく悔しがってしまうので、70代くらいになったら何が出来なくて苦しんでるのやろ、と思ったりもする。
